BORZOI

愛犬ボルゾイ・バブーンの写真を通して、愛・命の尊さ・喜び・哀愁・驚き・笑いなど・・・伝えられるのか? 

 

posted by (C)かなえ

 

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■ 09/25/DIARY神風。

昨日の日記の続きをば。

つー事で、まずは特攻隊員の方々の遺書を読んでください。

↓ 以下、某所よりコピペ ↓ 

 

謹啓 御両親様には 相変わらず御壮健にて御暮しのことと拝察致します

小生もいらい至極元気にて軍務に精励いたしております

今までの御無沙汰致したことをお詫び致します

本日をもって私もふたたび特攻隊員に編成され出撃致します

出撃の寸前の暇をみて一筆走らせています

この世に生をうけていらい十有余年の間の御礼を申し上げます

 沖縄の敵空母にみごと体当りし 君恩に報ずる覚悟であります

男子の本懐これにすぎるものが他にありましょうか 護国の花と立派に散華致します

私は二十歳をもって君子身命をささげます

お父さん、お母さん泣かないで

決して泣いてはいやです

ほめてやって下さい

 家内そろって何時までもいつまでも御幸福に暮して下さい

生前の御礼を申上げます

私の小使いが少しありますから他人に頼んで御送り致します

何かの足しにでもして下さい

近所の人々、親族、知人に、小学校時代の先生によろしく、妹にも

 後はお願い致します

では靖国へまいります

 四月六日午前十一時記す 昭和20年4月7日 松尾 巧 享年20才

 

父母上様

お父さんお母さん

清も立派な特別攻撃隊員として出撃することになりました

思へば二十有余年の間、父母のお手の中に育つた事を考へると 感謝の念で一杯です

全く自分程幸福な生活をすごした者は外に無いと信じ この御恩を君と父に返す覚悟です

あの悠々たる白雲の間を越えて 坦々たる気持で私は出撃して征きます

生と死と何れの考へも浮かびません

人は一度は死するもの 悠久の大義に生きる光栄の日は今を残してありません

父母上様もこの私の為に喜んで下さい

殊に母上様には御健康に注意なされ御暮らし下さる様

なほ又、皆々様の御繁栄を祈ります

清は靖國神社に居ると共に 何時も何時も父母上様の周囲で幸福を祈りつつ暮らしてをります

清は微笑んで征きます

出撃の日も、そして永遠に

小川 清 24歳

 

今度攻撃命令を拝して 出撃することになりました

日本男子の本懐これに過ぐることなく 喜びに耐えません

父上様方も聞かれましたら さぞかしご満足されることでしょう

今更言う事はありませんが 一寸の孝行もせず ただただ二十年の人生を育てて下された父上様、母上様,祖母様方に何とお詫び申し上げてよいか判りません

まだ戦争に行ったことがないので不安な点もありますが 弾が命中したら 必ずや敵の空母を撃沈します

 突然でさぞかし驚かれると思いますが 立派に男子の本懐を全うします

 出発まで時間がありません

一言、最後の言葉を

昭和20年4月7日 清水雅春

 

待ちに待った晴れの出陣を、明日に控えました

突然でいささかあわてましたが おおいに張切っておりますので 何とぞご安心下さい

生を享けて ここに22年になります

なんの恩返しもできず誠に申し訳ありません

なにとぞお許し下さい

 国家のために散って征くことを 最大の孝行とお受け下さい

私が戦死したと聞きましたら 赤飯をたき 黒い着物など着ず 万歳と叫んで喜んで遺骨を迎えて下さい

たぶん骨はないものと思いますから 体操シャツを一枚送ります

これは昭和十七年七月十一日土浦航空隊に天皇陛下が行幸されたときに使用した記念すべき品です

私と思って大切にして下さい

今となって別に言い残すことはありません

 とにかく、命のあるうちは徹底的に頑張り抜く覚悟でおります

必ずや、敵空母の一隻や二隻は沈めて見せるつもりです

取急ぎ乱筆になりました

感無量で何も書けません

これでペンを措きます

ずいぶんとお元気で いつまでも暮らして下さい

小父さん、小母さんたちによろしく

ではご機嫌よう

さようなら

母上様 昭和20年2月21日 小松 武

 

素子、素子は私の顔を見てよく笑ひましたよ

私の腕の中で眠りもしたし またお風呂に入つたこともありました

素子が大きくなつて私のことが知りたいときは お前のお母さん 佳代叔母様に私の事をよくお聴きなさい

私の写真帳もお前の為に家に残してあります

素子という名前は私がつけたのです

素直な、心の優しい、思ひやりの深い人になるやうにと思つて、お父様が考へたのです

私は、お前が大きくなって 立派な花嫁さんになつて 仕合わせになつたのを見届けたいのですが 若しお前が私を見知らぬまま死んでしまつても 決して悲しんではなりません

お前が大きくなつて 父に会ひたい時は九段へいらつしゃい

そして心に深く念ずれば 必ずお父様の顔がお前の心の中に浮かびますよ

父はお前は幸福者と思ひます

生まれながらにして父に生きうつしだし 他の人々も素子ちゃんを見ると真久さんに会つている様な気がするとよく申されていた

またお前の伯父様、伯母様は、お前を唯一の希望にしてお前を可愛がつて下さるし お母さんも亦、ご自身の生涯をかけて只々素子の幸福のみを念じて生き抜いて下さるのです

必ず私に万一のことがあつても親なし児などと思つてはなりません

父は常に素子の身辺を護って居ります

優しくて人に可愛がられる人になつて下さい

お前が大きくなつて私の事を考へ始めたときに この手紙を読んで貰ひなさい

昭和十九年○月吉日 植村素子へ

追伸、素子が生まれた時おもちゃにしていた人形は お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにしております

だから素子はお父さんと一緒にいたわけです 素子が知らずにいると困りますから教へてあげます

植村 眞久 25才

 

当時、機密保持上、彼らの遺書は検閲されたそうです。

その限られた条件の中で、彼らの心の叫びを垣間見る事ができます。

 

彼らの言葉にできなかった心の叫びを、今の日本人はどう受け止めるの?

政治家達はどう受け止めるの?

なんで靖国参拝であんなに内輪もめするの?

 

あたしの答えは簡単。

彼らのような多くの英霊に、ただただ感謝するのみです。

 

 

『 恩知らずな日本人は日本人ではない 』 と金美齢さんは仰ってますね。

またもや、耳が痛い・・・。

 

 『 靖国で会おう 』 ・・・ あたしもいつかは参拝したい、マジで。

 

以上(゚∀゚)!

 

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